売れるホームページのルール コトバの天才に学んでみる:名文を読んでみよう |
「そうはいうものの、何を読めばいいのか・・・」
はい、そんな時には教科書でおなじみだった「夏目漱石」はどうでしょうか?
どうでしょうか?と、いうよりも「読むべき!」ですよね?
日本では知らない人はいない「文豪・夏目漱石」。
あなたは、冒頭文を見て、すぐに作品名がいえますか??
1)
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。
なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。
新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、
そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
「夏目漱石-坊つちゃん(冒頭文より)」
2)
うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。
このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。
「夏目漱石-三四郎(冒頭文より)」
3)
私はその人を常に先生と呼んでいた。
だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。
これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。
「夏目漱石-こころ(冒頭文より)」
4)
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈)だ。
とかくに人の世は住みにくい。
「夏目漱石-草枕(冒頭文より)」
夏目漱石は、1916年12月9日、『明暗』の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳でした。
1905年、39歳の時「吾輩は猫である」を発表してから、
1916年、50歳の時「明暗」を執筆中に亡くなっているので、
執筆期間は約11年ということになります。
わずか11年・・・あらためて考えてみると、
その凄さには圧倒されるものがありますね。
「夏目漱石を嫌いな人はいない」と、何かの本で読んだことがあります。
教科書で読んだだけ、の方も、まずは一度「文豪・夏目漱石」の世界に
じっくりと浸ってみてはどうでしょうか?
夏目漱石(略歴)
1867年 江戸牛込馬場下横町に生まれる。
1893年 帝国大学文科(東京大学文学部)卒業
東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を送る。
1900年 イギリスに留学する。
1903年 帰国
1905年 処女作『吾輩は猫である』発表。
1906年 『坊っちゃん』『草枕』発表。
1907年 教職を辞し、朝日新聞社に入社。
1916年 『明暗』の連載途中に胃潰瘍で永眠。
■夏目漱石の「原稿」が読める↓↓
直筆で読む「坊っちやん」
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